28歳が起業して会社を作った結果は?大成功とは言えない独立の話【 独立前 】

かじ

 

ふくろう
ふくろう

起業して失敗した人と企業して成功した人以外にも、たくさんの起業する人がいて起業した人の中でも一番多いのは

 

【 失敗も成功もしていない 】

 

って感じだと思うんだよね。
そんなリアルな実体験を綴って行くよ!

 

【 起業するか悩んでる人 】
【 起業や独立に興味があって勉強中 】

 

って人は、なるべくわかりやすく書いていきますので読んでってね!

 

☑本記事の内容

 

1.長所と得意分野【 独立前のスペック 】

2.独立前の職歴と独立のきっかけ

3.【 人生の転機 】企業のきっかけと運命の出会い
ふくろう
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今回は、独立する前のきっかけやどんな状況で独立に至ったのか?が中心なので本格的に独立して気付いたことは次のお話。

1.長所と得意分野【 独立前のスペック 】

 

 

ふくろう
ふくろう

まぁ単純にスペックって言ってもたいしたことないよ!
昔の自分語りするのって少し恥ずかしいな。
でも、いいきっかけになるからみんなもまとめてみるといいかもね!

 

 

長所と得意分野って独立や企業にとっても大切なんですよ。
って事で、読んでみるといかに私が大した能力を持たずして、独立や企業をすることができたのかがわかってきます。

 

a.コミュニケーション能力

 

コミュニケーションの能力に自信がある人って結構多いと思うんですよね?
もちろん私もコミュニケーションには自信があります。

大喜利とかも出来ちゃうくらいのユーモアもあって、楽しい事が大好きでよく笑います。

会話が得意で、いくつかコツのようなものを持ってます。

 

  • 聞き上手ってのは、答え上手
  • 何事も理解はするつもりで聞く
  • 自分のことは答えるし自分のことを話す

 

この3点は、自分がコミュニケーションを取る中でも意識しています。
機会があれば別の記事でまとめて書いていこうと思います。

 

b.器用貧乏でなんでも屋さん

 

飽き性でいろんな仕事に手を出していろんなことをやってました。アルバイトばかりでしたけどね。電気工事からデスクワークまでなんでもやってきましたね。

なんでも出来るようになるのは早いんですけど、ある程度したら飽きちゃって他の人に抜かれていつも一番にはなれないんですよね。

臨機応変だったり、融通が利くみたいな印象でも全然問題ないかもしれないです!

 

c.無鉄砲でお調子者

 

お調子者で、絵にかいたようなお調子者です。さらに後先考えないのでさらに質が悪いですね。

さらに加えると、常識はあまり持ち合わせてません。無鉄砲でよく考えずに走り出してしまう事も多くあります。

もう少し考えて慎重に行動していれば、もっとたくさん成長出来たりするのになーとか考える事もあったけどこの性格のおかげで起業も出来たかな。

 

ふくろう
ふくろう

性格や内面はこんな感じかな。
外見や体形のスペックもイメージしやすいと思うから一応書いておくね。

身長  :  177㎝
体重 : 変動するけど68㎏~96㎏ ※別人なぐらい変動するw
髪質 : 軽めの天然パーマ

 

2.独立前の職歴と独立のきっかけ

a.フリーター時代~専門学生

 

19歳~22歳までがこの時期になりますね。この時期はいろんなことをやりましたね。性格の所の器用貧乏ってのが育ったのもこの時期です。

細かくは割愛しますが、中でも記憶の中でも大きいのは電気工事とプールの監視員とか。一番働いてよかったなって思うのは、マクドナルドかな?

マクドナルドは当時2010年現在ですでに時代の変化に大きく対応されていた印象だったな。理想の従業員教育や、昇進システムなどが明確に定まってたな。

人生で出会えてよかったなって思える人とも多く出会えたし楽しかったな。思い出もたくさんあったかな。人生で一番遊んだなって時期で楽しかった。

そんな楽しい時期の20歳秋だったかな、「 コックさんになりたい 」って思ったのは。そんでもって【 ソフトバンクの孫会長 】に影響されて、いろんな料亭やホテルに履歴書を書いていきなり送り付けてみたんだよね。

結果は、ほとんどは音沙汰無しと3社からの返事があったんだよね。「 調理師免許はお持ちではありませんか? 」って内容だった。

そこから調理師免許を取りに21歳の春から調理師の専門学校に通いだすんだよね。実家から電車で1時間の距離の小さな専門学校だったな。

同級生なんて今何やってるのかもわからない。学校ではもちろんみんなと仲良く話して楽しくしてたけどね。友達というよりは、ただ同じことをしている集団って感じですね。

学校の授業も大して為になる事もなかったし、本当に調理師免許を取る為だけに行っていたかな。

 

b.就職活動~コック見習い

 

専門学校に入学して3カ月経ったころかな?1年制の専門学校だったから、入学したらすぐに就職活動なんだよね。何もよくわからない時に求人票見たり面接に行ったりってわけじゃなくて、簡単な流れは、夏休みに実習に行った先に採用されたり、コネや癒着の激しい就職活動だったりする。

そんな中で自分もその流れに乗るわけだけど、自分は専門学校の近辺では一番大きく高級なホテルに実習に行くことが決まりました。そしてそのホテルの中華料理部門に就職したくてそのホテルの面接も受けさせてもらいました。

なんと面接の結果は不合格。「 それなら実習先も変更しなきゃな 」って思って学校の先生に聞くと『 実習先は変更できませんよ 』って言われました。

 

 

「 え? 」

 

 

という事で、夏休みに自分の事を不採用にしたホテルの厨房に実習しに行くことになりました。今考えても不当ではあると思いますが、変更できない事情も分かる気がしますししょうがなかったのかな?

実習に入ると2週間ですかね。当時の自分は苦学生だったので、朝7時半の快速電車に乗り17時に駅に帰ってくる。そこからマクドナルドでのバイトを深夜2時まで。睡眠は平均3時間程度。

別にホテルの厨房をなめていたわけじゃないし適当なことしていたわけじゃない。正直その時期は体がボロボロにされた。とりあえず毎日必死に実習をこなしていた。

その成果かわからないが研修最終日に料理長から、

『 今年一人だけ新入社員の面接があったらしいけど、お前みたいなやつだったらよかったのに 』

って言われて驚いた。料理長には何回も書き直した、自分の写真付き履歴書は届いてないのか?というか名前も?どんな採用方式だ?まぁいいか。もちろん自分は、

「 面接が一人だけだったなら、たぶん自分ですよ。 」

 

『 え? 』

「 え? 」

 

といったところで、実習を終えました。ホテルの仕事はきついけどやりがいがあって楽しかったな。なんか毎日戦争みたいな怒号の飛び交う厨房なんだけど、なんだろ?部活のノリなのかな?なんか楽しかったよ。

就職先なんて運みたいのところあるじゃん?特に若い頃なんて会社の事もろくにわからず、漠然と【 有名 】とか【 大企業 】に魅力を感じてしまいがちだし。

そんな中に、9月から学校が始まってから調理実習の話なんだけど。
その専門学校の調理実習って割と有名な料理長さんが教えに来てくれてたんだよね。中華料理の調理実習ってもあるわけで、調理実習の途中で料理長さんから教員室に呼び出されて、

 

『 お前、 うちにこい 』

 

ってさ。聞いてすぐは意味は分からなかったけど、とりあえず答えるよね。

 

「 はい 」

 

c.コック見習い~転職

 

無事に専門学校を卒業した自分は、料理長のホテルに就職した。この後、悪口も書きますしホテルの名前は伏せますが、日本全国にあるよな超大規模なホテルでしたよ。

こっく見習い時代はしんどかったな。毎日朝5時に出勤するし、帰り着くのは日付が変わってることも多かったし。今思えば若くないとできないわ。体重も激やせしたよ。

余談だけど、この時が68㎏で人生で一番細かったよ。正確にはもっと痩せてただろうけど、痩せてるときとかに体重なんて計らないからね。

入社してからの2カ月は本当に地獄だったな。何が地獄だったか今考えたらわかるんだけど、指導者がいないって事なんだよね。

考えられるかわからないけど、ホテルの厨房って異常なほど少数先鋭なんだよね。実習先も6人ぐらいで就職先も8人ぐらいしかいない訳。そんでもって作業量は尋常じゃないのよ。

当然のように15時間以上は働くし、平均しても18時間労働ぐらいじゃないかな?きついのは良いんだけど、優先順位が分からなくて全然仕事が捗らないんですよね。

でも、誰も教えてくれないんだよね。怒ったり殴ったりって指導方針なんだよね。今じゃ考えられないけど。しかも、自分の一つ上の先輩は6年上の先輩なんだよね。それだけ大きなホテルだから当然毎年数名の新入社員は入っているんです。そうです。5年連続新入社員が辞めてるんです。

自分の同期もいました。2人ね。どうなったかって?2週間以内に2人とも辞めたよ。

その中でも、自分で考えてなるべく働くわけですわ。少しずつ仕事も覚えていってだんだん怒られたり殴られたりすることは無くなって何となく働けてるのかな。ってぐらいには仕事覚えてきたんだよね。

 

もちろん先輩とは仲良くはしていたんだよね。コミュニケーションはすごい得意ではあったので、プライベートで遊びに連れてってもらったり休みの前の日に食事に連れて行ってもらったりしてたのよ。

そこで6年上の先輩の給料聞いて驚いたね。手取り18万円なんだって。

自分の給料も低いなって思ってたんだけど、見習いだからって思って耐え忍んでたわけよ。当時の給料は手取りで12万円ぐらいだったのよ。今考えると、残業手当でも付けば40万円ぐらいはもらえてたんじゃないかな?

それを聞いて心が折れましたね。辛いのが今だけじゃないって言われた気がしてね。

そんなこんなでホテルを辞める決意に至ったんだよね。就職先に対して真剣に向き合ったこともなかったですが、この時に初めて就職先と向き合う事に決めた。

自分で出した答えは、

 

「 ベンチャー企業で働いてみたい! 」

 

大きな会社はもちろんいい事もたくさんあるけど、出世や昇給に年数が必要で入社してすぐに飛び級みたいなことは出来なんだよね。つまんなくない?

って事で、勢いのある小さな居酒屋に応募してみよう!って思ったんだけど、これが人生で一番の転機になろうとはその時は気づいてなかった。

 

d.ベンチャー企業で出世

 

入社した時の年齢は22歳だったんだけど28歳まで働くことになる。人生の中でも一番長く働いた職場かな。なんといっても認めてもらえて評価してくれたから。

厨房の一員で入社したんだけど、社員は全員で自分を入れて7人だったかな?店舗数は2店舗あって勢いのある職場だと感じたな。全員向上心が高くて成果が出続けてるて状況だったかな。

入社1年目で店長になって、2年目に店舗数の拡大で6店舗目だったかな?他県に出店する店舗の店長として転勤した。そこで1年ぐらい店長やりながら2店舗の統轄店長になった。この時で25歳かな?

 

そこからは、店舗拡大に携わってどんどん部下も増えていって26歳だったかな?上司が人間関係のトラブルを起こして、数カ月経った頃に何となくほかの会社も見たくなっていくんだよね。この時に思っていたのは、「 もう誰も自分のことを教育できないんじゃないか? 」って思っていたんですよね。

別に生意気で天狗な訳でもないし、謙虚な気持ちは忘れていなかったし努力もしていた。そんな中で自分の悩みを相談しても誰も答えを持ってない状況になってしまった。たくさん上司や部下とは話したし、その人の成功体験も聞いた。

それでも、答えが見つからずに毎日を過ごしていたわけだからそりゃ辞めたくもなる。まぁみんなその状況にぐらいはなると思うんだけど、成長速度を上げるのはパクリと思って生きてきたので、他の人の考えや生き方に触れたくなった。

 

最終的には、自分でプロデュースしたお店も作らせてもらえたし、工事から開店まで担当したこともあった。この時で27歳だったかな。この時は、着実に退職の準備を始めていて引き継ぎの教育も終わらせつつあった。

上司と話して、28歳に丁度なるときに退職することになった。内心では、引き留められるかな?とか思ってたんだけど、意外にさっぱりしていた。みんな口をそろえて「 お前が辞めるって言いだして止めたら残るか? 」って言われた。

退職は、何故か盛大だった。新年会のタイミングと被ったこともあるが、全社員がいる中で社長も上司も普段泣いたりするイメージはつかないがみんな泣いてた。自分も自分が望んで退職したのになぜかわからないが泣いていた。

途中で説明してなかったが、この時は全社員は100人を超えていた。アルバイトを含めると500人はいたのかな?詳しくはわからないけど。

この時に、自分がこの会社でやってきた日々は間違えてなかったんだと感じた。成人式に次ぐ20代最大のイベントだった。今思い返しても、その会社には感謝しかないかな。

 

 

ふくろう
ふくろう

長くなっちゃうので、次回の記事にします。
ここまでは、独立前の自己紹介?みたいなもんかな。企業や独立っていろんな人いますが、ある程度その人のイメージが湧かないとダメかな。って思ってながなが書いたけど、本編は次の記事で!

 

 

 

 

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